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わたし。~About Me~

生まれはど田舎

岐阜県の真ん中のど田舎で生まれ、会社勤めの両親と優しい祖父母の元で小中高まで暮らしました。

小さい頃はとにかく落ち着きがなく、鬼ごっこなど走り回り体を動かすことが大好き。

小学校を卒業するまでバレーボールを続けていましたが、試合の前にはいつもお腹が痛くなるほどプレッシャーに弱く、中学からはバトミントンに変更。
結果を気にすることなく1人で思いっきりプレイできるバトミントンはとても楽しく、結果もそれなりについてきたので性に合っていたんだと思います。

高校は地元に2校しかないので、あまり必死に勉強することもなく、入学。

新しい友達ができ、今まで関心のなったことにも興味が湧くようになり、漠然と都会に住みたいと思うように。

専門学校と初の一人暮らし

母に、”将来困ることがなさそうな医療系を勉強しておいたら?”と言われ、あまり大変ではなさそうだけど響きはかっこいい医療秘書の勉強をする為、名古屋へ。

とても楽しみにしていた一人暮らしは予想以上に寂しく、家族や地元の友達を思い出しては泣いてばかりでご飯も食べられないほど…。

が、単純な私は数ヶ月後には友達もでき、人生で初めて勉強が楽しいと感じ、ひたすら資格の勉強に没頭したりととても充実した日々を送りました。

そして卒業後は努力の甲斐あり、目標としていた赤十字病院に就職することに!

卒業旅行で初海外へ

もう少しで卒業という時、友達と街を歩いていると旅行会社のパンフレットを見た友達が、就職の前にグアムに行こうと言い出しました✈︎

それまで一度も海外に行ったことがなかった私にとって、飛行機に乗ること、西洋人を見ること、英語を聞くこと、全てが新鮮でそれまでの人生で1番ワクワクしたことを覚えいています。

ここで体験した”ワクワク”が頭の片隅に残り、平凡だった生活に影響を与えていきます。

就職後に始まる国際的な関わり

救急病院に指定されている赤十字病院の産婦人科病棟に配属され、緊迫感のある雰囲気、専門用語の飛び交う場に少しでも早く馴染めるようにと仕事後も毎日帰ってから勉強の日々。

高校まで嫌いだった勉強は不思議と全く苦ではなく、医療に関わることがとても楽しくてもう一度学校へ行き、もっと深く医療に関われる仕事をしようかと考えた時期もありました。

そんな緊張感のある職場、ドロドロだと思っていた女性の多い職場は、先輩の事務さん、助産師さん、看護師さん、先生、みんな優しく尊敬できる方ばかりで、そんな空間が私をやる気にしてくれていました。

国際的な活動の多い赤十字では外国人の患者様が多く、外国人研修生の受け入れがあったりと、普段から外国人と関わる機会が増え外国について知ることがとても楽しく感じるようになったり、先輩方が英語で対応する姿を見て憧れたりするうちに自分も英語を勉強したい、国際的になりたいと思うように。

それをきっかけに、海外とは程遠かった私でしたが、韓国、カンボジア、ベトナムなど休暇を使っては海外旅行をするようになっていきます。

あの時グアムで感じたあの”ワクワク”に拍車がかかっていきました。

退職、そして海外へ✈︎

働き始めて2年経つ頃。

英語を勉強したい、海外へ行きたいという気持ちはより強くなり、さらに毎日のルーティンに疑問を感じるように。

ある日ふと感じた”定年までここで働くの?”という疑問が頭から離れず、動き出すなら早い方がいいと思い、約1年で貯められるだけお金を貯め、3年目で退職しました。

まずは安く効率的に英語を学ぶためフィリピンへ行き、3ヶ月間、毎日朝から晩まで10時間は勉強し、卒業する頃には何とか先生たちを楽しんでコミュニケーションがとれるように。

次にワーホリでオーストラリアへ移り、3ヶ月ほど語学学校に通うことに。

フィリピンで少し自信のついた英語は、オーストラリアではネイティブの早く発音のいい英語が聞き取れない、日本語訛りの英語が聞き取ってもらえない、と自信消失…

何度も挫折感を味わいながらも良い仲間には恵まれ、国籍の違う子とシェアハウスに住んだり、オージーの経営するファームで働いてみたり、オーストラリア中を旅するうちに英語力のことなんてすっかり忘れ、日常会話は自然と伸びていきまいした。

そんな生活にも慣れてきた頃、英語を使ってもっと日本で働きたいと思うようになり帰国を決めました。

帰国後の現実

帰国後、今後の計画を立てようとまずは実家に帰ったのですが、現実とのギャップにかなり落ち込み軽いうつ状態に…

このままではダメになる一方だから、とにかく動かねばと北海道にある外資系ホテルで泊まり込みをして働くことに。

娯楽施設もないような田舎のリゾートなのでお金が貯まり、スタッフお客さん共にほぼ外国人のため英語力もキープでき、今後の計画を立てる時間を確保するのに完璧でした。

その後は上京することを決め、あそこでもない、ここでもないと2-3社ほど職を転々とすること約半年。

ある日、シェアメイトのスペイン人が友達が来るから飲みに行こうと誘ってくれたので着いて行くことに。

しっくり来る仕事が見つからないと話すと、シェアメイトの友人が勤めている外資系DMCで社長アシスタントを募集しているとのこと。

それからは話がトントンと進み、就職することに。

中企業独特の雰囲気や働き方が合い、やっと当分働きたいと思える場所に辿り着いたのでした。

夫との出会い

仕事も順調に進み、プライベートでももっと国際的な繋がりを増やしたいとMeetupやイベントなど積極的に参加していました。

そんな時、日本で友達が欲しい外国人と日本人の交流サイトを見つけそこで夫と知り合いました。

近々、アメリカから日本に移住する予定だけど知り合いがあまりいないと話す夫、初対面で2人っきりで遊ぶのも何となく怖いし気まづいと思ったので、私と外国人の友人たちの誕生日パーティーに招待しました。

知り合ったのはお互い後味の悪い恋愛が終わった後だったので全く恋愛感情はありませんでしたが、性格が合っていたのかなんと1週間後には告白され、付き合うことに。

そして知り合ってから半年後にはJ君を授かり、入籍しました。

今と今後

現在は、夫とJ君と都内で3人で暮らしています。

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